エストニアで美女に溺れる。

エストニアという国で一人ダラダラしてます。

なぜ男は1女にたかるのか。

おはようございます。

中間テスト再試になって4月をスタートしたたいしょうでござる。

日本では今頃新歓で賑わってると思うが、何となくぼーっと考えてたら、

そもそも何で1女ってあんなにも人気なのか疑問に思ったため、クソ真面目に考えてみた。

 

後輩好きというだけなら2女でも問題ないはずである。

だが、女子大生スクールカースト的には、

  1. 華の1女
  2. 嫉妬の2女
  3. 諦めの3女
  4. 悟りの4女

というようになっているみたいだ。

女子大生は大変ですなぁ。

(もっと大変なのは僕みたいな不細工男子大学生なんですが....)

まずはじめに、人間が最も嬉しいや楽しいなどを感じる、気分的に上がる出来事というのは、

「新しい人に出会った時」

である。

新しい人に出会うということは自分の人生に新たな刺激が加わる。

また全く知らない世界に触れることもできる。

また、必ず何かしらで接点があるはずのため(6次の隔たり)、それが見つかるとさらにテンションが上がることだろう。

つまり、新歓というのは男子大学生にとって、

いっぺんに大勢の新女子大生に会うことのできる最高のチャンスなのである。

また、新歓が春に行われるということもポイントだ。

なぜなら春になると多くの人が恋愛をしたくなることには、科学的根拠があるからである。

まずはじめに生物学的根拠に触れたい。

メラトニンというホルモンがあるのだが、これは日照時間が長くなる春には分泌量が減少する。

このメラトニンというホルモンは、身体に対していくつかの効果があるのだが、

そのうちの一つが

性腺刺激ホルモンの抑制

である。

つまり、メラトニンは恋愛行動のスイッチをオン・オフにするということであり、

このホルモンが減少する春には、恋愛スイッチがオンになり、恋愛モードになってしまうというメカニズムである。

事実、人間以外の動物では、メラトニンの分泌を抑えると、早熟・発情のスイッチが入るという調査も報告されている。

恋愛スイッチがオンになったところに、新しい出会いが腐るほどあるのだ。

狩猟本能を持つ男性が狩りに出ないわけがないだろう。

逆に言えば、新歓期間中の恋は勘違いだ。

(だからすぐ別れるでしょ?)

季節によって恋愛ホルモンの作用に違いがあることについては今度テーマにしてみたい。

次に心理学的根拠に触れたい。

男性は基本的に自尊心が強い生物である。

これは男性が狩猟脳も持っているということなのだが、

昔狩猟時代の時に、男性陣が狩りに出かけた際、

「誰が獲物を最後に仕留めるか」

が重要になってくる。

もちろん最後に仕留めたものが手柄を多く持っていくのは納得いくだろう。

(SAOでもレア武器ドロップするみたいな)

まずここで男性の競争意識が高まっていったのである。

そして獲物を仕留めたことで、

女性や子供を養うことができ、

村全体を支え、みんなから賞賛され能力が褒め称えられていった。

そのため自分の能力や人間性に自尊心を持つように発達していったのである。

1女の醍醐味の一つに

「反応がピュア」

ということが挙げらえる。

ちょっと面白いことを言えば爆笑してくれる。

スポーツができれば「すごい!」と褒めてくれる。

勉強ができれば頼ってくれる。

つまり、1女というのは知らず知らずのうちに

男性の自尊心を満たしているのである。

学校で会うだけで

「〇〇先輩〜!!おはようございます!!」

というように笑顔で元気良く接してくれる。

完全に男の自尊心をくすぐっている!!

また学生生活に慣れていない1女は男性先輩から見ても、自分色に染めれる確率が2女3女に比べても高いのである。

結論:

  • 春はホルモンの関係で恋愛スイッチがオンになる
  • 新しい出会いが豊富
  • 男性の自尊心満たしまくり1女

もっと細かく見ればまだまだありそうだが、とりあえずこんなところだろうか。

まぁ男子大学生のみなさんは頑張ってください!!

最初の男になりたい男性、最後の女になりたい女性

午前の授業が休講になったので更新することにした。

(恋愛科学が意外にも人気記事になっていて、嬉しいです。ありがとうございます。

あくまで研究の一つなので、今後も続けていければなーと思っています。)

今回は、男女間の恋愛を始める以前の心理、生物学のそもそも違いについて注目してみる。

恋愛科学を知っているだけでも、相手に対する妥協や理解が少しでもできるはずなので、ぜひ覚えておいてもらいたい。

タイトルにあるように、

男は惚れた女性の「最初の男になりたい」

女は惚れた男性の「最後の女になりたい」

という願望がある。

このせいで、女性は男性のことを、

「自分が最後の女になりたいって思ってるんだから、男も同じで私にとっての最後の男になりたいんでしょ?」

という勘違いをしていたりしないか?

それで捨てられた時に、全く理解できなかったりしてないか?

この心理も当然理にかなっている。

まず、なぜ男が惚れた女の最初の男になりたいのか?

という点だが、もちろん様々な理由、科学的なバックグラウンドがあるのだが、

僕が思うのは、男には狩猟脳が備わっているという点だ。

もともと男は狩猟で獲物を獲ってくるという役目があったはずである。

男性が独占欲が強い理由もここから来ていて、

好きな女性(=獲物)を捉えることに満足感を覚える。

(女性が思っている以上に、男性は"処女を奪う"という行為に敏感だよw)

それに加え、男性の生物学的な役割は、

「より多くの子孫を残す」

このことに他ならない。

つまり、いろいろな女を好きになる=子孫を残せるチャンスが増える

そしてもちろん、その女性にとってその相手の男性が初めての相手ならば、子孫を確実に残せる確率というのは上昇する。

処女="自分の子孫"を確実に残せる

という考えが男性には無意識のうちにあるみたいだ。

一方で女性の

「最後の女になりたがる」

これについても、科学的なもちろん裏付けはある。

相手の男性が昔遊び人だろうが、

「最終的に現在、私を本気で愛してくれれば良い」

と思える女性は少なくないはず。

この心理はどこから来るのだろう。

まず前提として、もちろん女性は男性と違ってたくさんの子孫を残せるわけではないため、一人の相手を大切にする傾向は男性より強い。

さらに、妊娠中は完全無防備状態になり、これは生物としてはかなり危険な状態にあるため、男性に守ってもらう必要がある。

その後、直接的な子育ての役割はやはり女性にあるため、

子育てを考えた時、外敵からの保護や食料の援助、経済的な援助というものを主に男性に頼らなければならない。

これが女性が最後の女になりたい、いやむしろ最後の女でなければいけない理由である。

最後に、残念ながら男性と女性が絶対にわかりあうことはできない。

しかし、お互いを理解する努力は絶対に必要なため、

そのためのツールとして "科学" に興味を持って見るのはいかがでしょうか。

なぜSNSバカップルはすぐ別れるのか

SNSが若者の間で流行りだしてから、カップルたちのデート写真やラブラブ写真というものをよく見るようになった。

その一方で、一見ラブラブで幸せがいっぱいな順調な恋愛をしているように見えるが、

「あれ?もう別れたの?」

と思うことも少なくないだろう。

実際に統計をとって、SNSでの恋人に関係した投稿と別れるまでの期間を比較したわけではないので、本当にSNSでの恋愛報告が失恋に関係しているとは言い切れないのだが、わりと一般的には別れやすいというイメージが定着しているのではないか。

(実際に統計取ったら面白い法則性が見つかりそうだなぁ....悪)

ではなぜSNSラブラブカップルは分かれやすい傾向があるのだろうか。

これの理由の一つは、前回話をした

「恋に落ちるメカニズム」

にあると思っている。

「人が恋に落ちる」という状態は、脳内でPED(フェニルエチルアミン)というホルモン濃度が上昇することで、脳が快感を示していることを示している。

つまり、恋という現象は快感の一種なのである。

これに関連して、恋愛に夢中な人の脳と、コカイン中毒者の脳をMRIでスキャンして比較した際、両者に違いが見られなかったという研究データすらある。

また、失恋した際にやけ酒をして忘れようとする

という行為、よく聞くよね?

あれも、実は理にかなっていて酒で酔った状態と恋に酔った脳の状態って似てるってことがわかってて、

やけ酒に走る理由は、失恋して失った快楽を酒で補ってるってことになるのだ。

これらのデータから結論付けてみると、

SNSで好き好きラブラブ状態というのは、

脳がかなりマヒってる状態、つまり異常状態を示してることになるため、

修正・回復、そして酔いから醒めることは、人間の機能として当たり前なことだと言える。

また、二人の恋を二人だけの間で収めるのではなく、

周りに自慢する

というのもSNSバカップルの特徴である。

欲というのは、ある程度全てリンクしていることはすでにわかっていて、

例えば性欲というのはお腹を満たす、つまり食欲を満たすことで抑えられたり、(お腹いっぱいの時Hしたいと思わないでしょ?あれは自然なこと)、

彼女がデパートで「このバック買って!」っとねだってきた時に、

ちょっとおしゃれなカフェにでも入って、好きなケーキやパンでも食わせておけば、意外とそれで満足してしまい、バックのことなんてどうでもよくなることも少なくない。

つまり、ある欲は他の欲である程度代用可能ということである。

SNSでデートの様子を投稿して周りに自慢するというのは、

デートに満足しきれていないか、投稿すること自体が目的になって自分の欲を満たしていることになる。

これは、恋人との時間そのものが目的になっていないということを意味し、時間とともに誤差が大きくなり、修正が効かなくなってくるのは目に見えている。

さらに僕の意見を付け加えると、

「君たちの言う恋愛って、恋愛というより恋愛ごっこでしょ?」

と言う事だ。

自分の中で恋愛ドラマや映画、周りのカップルに感化され、理想の恋愛を無意識のうちに作り上げてしまった。

その結果、世間一般にちやほやされる恋愛を当てはめた "恋愛ごっこ" をしているだけに過ぎない。

恋愛に形や説明書なんてものはなく、二人が二人だけの形で続いていけば素敵な恋愛なのではないか?

それなのに、周りからチヤホヤされたい自分のエゴのために相手を利用しているだけなんて、それを果たして本当に賞賛しても良い形と言えるのだろうか。

ってエモいことを書いてしまったのだが、僕にも恋愛ごっこでいいから何かさせてください。

 

恋に落ちるメカニズム

僕が恋愛に興味を持ったのは失恋しすぎて、メンタルが爆死しそうになってた時に、

「モテない理由があるはずだ!」

「なんで失恋を引きずるのだろうか」

など、いろんなことを分析してみた結果、科学的な知識によって失恋を乗り終えることができたからなのだが....まぁその結果本能の従えないクソつまらん人間になってしまった。

だから一般的に恋愛が好きな人や、恋愛トークが好きな女子とかとは違い、

恋という現象そのものに興味がある。

だって、人間以外の動物は基本恋愛をしなかったり、生殖機能が衰えても長生きする動物って人間だけだっていうの、めっちゃ気になりません??

そもそも恋に落ちるメカニズムを知り、それをコントロールできれば、うまく生きることができるのではないか!?

まぁこれ現実を知ることで現実逃避してるみたいな感じなんすよね...

じゃあなんで恋に落ちるのか?

これには脳が関係しているのだが、

眼窩前頭皮質と呼ばれる、眼球を覆う骨の上らへんにある部位が恋愛をすると活性化する。

簡単に言うと、ここが活性化されると幾つかの恋愛ホルモンが分泌され、それぞれが置いする男女に影響を及ぼすというわけだ。

代表的な恋愛ホルモン、恋愛脳内物質に、

PED(フェニルエチルアミン)という物質がある。

これらの物質は特に恋愛に関係していると言われ、異性に好意を持ったり、何かに集中している時に脳内で分泌されるホルモンである。

こいつが、脳下垂体から分泌され、脳内で性的興奮と快感に直接関係する神経伝達物質として機能する。

一目惚れや恋やつれといった現象は、すべてこのPEDが関係しており、例えばれない初期の好きな人に会った時のドキドキ感や気持ちがめっちゃ高揚する感覚、これらの感情感覚をコントロールする恋愛ホルモンとして働く。

そして恋に夢中な時は、恋の媚薬ホルモンPEDの作用で、興奮系ホルモンのドーパミンが大量に誘発されることになる。

つまり、「人が恋に落ちる」という状態は、脳内でPEDというホルモン濃度が上昇することで、脳が快感を示していることを表す。

ただここに少し危険性があって、

恋愛に夢中な人の脳と、コカイン中毒者の脳をMRIでスキャンし比較してところ、両者に違いが見られなかったというデータが出たらしい。

だから恋は中毒性を生み出し、失恋をした人が死にたいと本気で思うくらい泣き狂うのは、麻薬を断ち切った薬物中毒者が禁断衝動に苦しむのと同じ状態なのである。

さらに恋をしている際に、批判や性格な判断ができなくなるのも、脳内でドーパミンの大量分泌で快楽が感じられ、扁桃体、頭頂側頭結合部の動きを鈍化させるからである。

これを知ってから、例えばSNSとかでやたらデートや恋人の写真を上げたがる人を見ると、

「あ〜中毒者や...」

としてしか見れなくなってしまった。

ある意味恋に夢中な時は、脳が異常な状態なので、

そのうち覚めてしまうのも理にかなっている。

SNSでの恋報告が多いカップルがすぐ別れるのも、脳科学で簡単に証明できることだろう。

それより僕が興味あるのは、恋愛ホルモンを人工的に生成することができれば、世界中誰でも恋ができるのでないか?ということだ。

なんなら少子化も防げるかも!?!?

まぁ道徳に反するかもしれないね...

いいなぁ♡と思う異性がいたら、チョコを食わせろ

もうバレンタインデーもホワイトデーも過ぎてしまい、旬な話ではないのだが、

チョコレートによる恋愛効果について科学的な話を綴ろうと思う。

(あ、僕は今年も安定の無チョコバレンタインをエストニアでも過ごしましたよ!!)

タイトルにあるように、我々は常にチョコレートをポケットに忍ばせておいた方がいいかもしれない。

そんで、いいなぁと思う異性がいたらチョコをあげちゃう。

なぜなら、チョコレートに含まれている成分というのは、気持ちを高揚させて、目の前にいる異性を素敵に見せる効果があるらしい!

そもそもチョコレートはもともと媚薬である。

今の若者はこの事実を知っている人は少ないんじゃないかな。

つまり、Hをする前に飲んでいたということだ。

代表的な恋愛ホルモン、恋愛脳内物質に、

PED(フェニルエチルアミン)というものがある。

これの物質は特に恋愛に関係していると言われていて、異性に好意を持ったり、何かに集中している時に脳内で分泌されるホルモンである。

こいつは、脳下垂体から分泌され、脳内で性的興奮と快感に直接関係する神経伝達物質として機能する。

一目惚れや、恋やつれなどの現象は全てこの「PED」が関係しており、たとえば恋愛初期の好きな人に会った時のドキドキ感や気持ちがめっちゃ高揚する感覚、これらの感覚感情をコントロールする恋愛ホルモンとして働く

恋に夢中な時は、恋の媚薬ホルモンPEDの作用で、興奮系ホルモンのドーパミンが大量に誘発される。

つまり、「人が恋に落ちる」という現象、状態は、脳内でPEDというホルモン濃度が上昇することで、脳が快感を示していることになる

では、これとチョコレートがどう関係あるのだろうか。

実はチョコレートには、恋愛科学物質が含まれているという発見があったのだ。

しかし、このPEDは消化の際に分解されてしまい、チョコレートを食べても脳に作用することはないという科学的な否定があった

「あれ?じゃあ意味ないじゃん...」

しかし、再び2007年に、チョコレートにはまるで「恋に落ちた」かのような感覚をもたらすという実験結果が報告されたのだ。

この実験というのは、「チョコレートを口の中で溶かす」時と、「情熱的にキスをする」時の心拍数と脳の活動状態を比べるというのもので、20代のカップルを被験体に行われた。

そしてその結果、ブラックチョコレートを食べている時の心拍数がなんと、キスをしている時の2倍にまで上昇するということが明らかになった。

そしてチョコレートが舌の上で溶け始めた際、脳のすべてのパーツがキスをしている間に見られたものよりも、はるかに激しく発動したみたいだ。

これは男女同じような結果が得られたと言われている。

つまり、このチョコレートによる気持ちの高揚で、

「もしかして!!恋かも!?!?」

という誤解をされることができるかもしれない!

そもそも、人間は脳をコントロールしているのか、脳にコントロールされているのかよくわからないので、こう言った脳を騙すというのは意外と効果があると僕は思っている。(と言っても実際にチョコをあげたことなんてないっすよ...)

さらに、説得力を上げる裏付けをすると、

アメリカでは実際にAV男優の中にチョコを食べてから撮影に臨む人もいるらしい。(あくまでネットで知った情報ですが...)

また、ブランデーなどのアルコールの入ったチョコレートは、アルコールによって副交感神経が刺激され、リラックスすると同時に皮膚の感度が上がってしまい。まんまと異性に落とされやすくなってしまう。

バレンタインに好きな男の子にチョコレートを渡すという行為は、理にかなっているのかもしれない。

実験データが得られる前から、人間は本能的にチョコレートを使って異性を捕まえるという行為が行われていたのは、本当に興味深いな。

だがしかし、どのくらい即効性があって、

実際に、統計的にチョコを食べさせたグループとそうでないグループでカップルの誕生にどのくらい差があったのか、などという研究は今の所行われていなさそうなので、効果に関してはなんとも言えないが、

ガムを上げる感覚で、チョコをあげてみてはいかがだろうか。

多分チョコ嫌いな人いないだろうし。

なぜ働くのか

哲学者かぶれタイムのお時間です。

なぜ人は働くのか

という疑問を殴りたい。

なぜみんな毎朝ベッドから無理やり体を引きずり出して、職場に向かうのだろうか。

僕は働いていない人間だから働く側からの言及はできないが、働いていない側から見解を綴ってみよう。

この疑問は、働いている人はみんな自分自身に投げかけているのかもしれない。

そして、真っ先に出てくる答えが、

生計を立てなければならない

という理由である。

そんなことは誰にだってわかっている。

ただこれが「なぜ働くのか?」という疑問の本質的な答えにはならないことも同時にわかっていることだろう。別に働かなくても生きてる人は腐るほどいる。

また人にとって仕事というのは、やりがいがあり、夢中になれ、もっと刺激的で、意味のあるものなのだという人もいる。そしてそれで幸せなら素晴らしいことだ。

一方でお金がもらえないなら仕事をしないとしても、それ自体が仕事をする理由にはならない。

一般的に仕事をする動機として物質的な報酬を理由に挙げるのには、抵抗がある。

「金のために働いている」というのはあまり記述的と言えないからである。

ではなぜ大多数の人が、単調で無意味で命をすり減らすような仕事をしている状況を許しているのだろうか。

なぜ、資本主義の発展につれ、仕事から得られる物質的報酬(お金)以外に、満足感を失わせてしまうような生産形態が生み出されたのだろうか。賃金以外に仕事をしようと思う理由とは何なのだろうか。

その答えは科学にあるかもしれない。

ここでの科学はモノの科学ではない。アイデアの科学である。

科学というのは、モノだけでなくアイデアも生み出す。

また物事を理解する方法も生み出す。そして社会科学が生み出した理解の方法は、我々自身を理解する方法である。

科学というのは、私たちがどう考え、何を望み、どう振る舞うかに多いな影響を及ぼしている。

モノを創り出す科学は、そのモノがダメなものや使えないものになった瞬間、無くなってしまう。

しかし、アイデアの科学は、それを正しいと信じる人がいる限り無くならない。

なぜなら、

それを正しいと思う人々が、そのアイデアが間違っていたとしても、その間違ったアイデアに合致した生活様式や組織を作り出していくからである。

そのようにして産業革命は、労働システムを作り出した。

ここでいう仕事とは1日の終わりに給料以外に満足感が得られるものが全くないような場所を指す。産業革命の父の一人であるアダムスミスは、

人間というのは本質的に怠惰なもの

と考えていた。

やりがいを与えてやらない限り、何もするとこがなく、やりがいとなるのは報酬だけとなり、それが唯一の働く理由なんだと、

そういった間違った理由で労働システムが作られてしまった。

しかし、一度そのシステムが作られてしまうと、人の働く方法はそれ以外なくなってしまったのである。

ここ最近の年配の社会人、上司たちは口を揃えて言っている。

「良い働き手が得られない。」

「最近の若者は...」

これは完全に間違っていると僕は思う。

屈辱的で心をなくすような仕事を与えているから

良い働き手が得られないのではないか。

単調な作業で、心を奪うような仕事は、

通常人間としてあり得る限り、愚かなものになる。

このような職場のあり方は、その職場の要求に適合した人間を作り出し、

僕らが当然と思っているような仕事を得る喜びを奪ってしまうということである。

自然科学の場合、宇宙について素晴らしい理論を考えながら、宇宙が我々の意に介することはないと思っていられる。我々が宇宙に対し、どんな理論を持っていようが宇宙というのは変わらず存在し続ける。

しかし、人間の性質についての理論は、こう上手くいかない。

人間というは、何かを説明し、人間を理解する助けとなるべく作られた理論が、人間の性質自体を変えてしまうからである。

有名な文化人類学者であるクリフォード・ギアツがかつてこんなことを言っていた。

人間は未完成の動物である。

これが意味しているのは、人間の性質というのはその人が住む社会の産物ということだ。

人間の性質というのはあくまで「我々にとって」の人間の性質であり、宇宙理論などのように発見されるものではなく、作られるものである。

つまり、

人々はその社会というものの中で生き、働く組織をデザインすることによって、自分自身の性質をデザインするのだ

だから、どのような人間をデザインしようと思うのかというのを、働くことを通して常に自らに問う必要があるのだと思う。

単純に男にモテたいなら、女子力上げるより胸を盛れ

こういう話、前から書こう書こうと思ってた。

僕は科学者にもエンジニアにもなれるほど知識もスキルもないが、今の僕の研究テーマも考慮して、科学を非科学にぶち当てるのが結構好きだ。

マーケティングや恋愛、経済などに科学を適応した話に出会い、

「科学って面白いじゃん!」

と思ったのが、未だに勉強している理由でもある。

だから宇宙とか素粒子とかに興味を持って科学を専攻する大多数に比べられ、

よく先輩とかからは「お前変わってるな」

と言われたりする。

さて、前置きはこの辺にして本題に入りたい。

恋愛を科学で証明しよう。

ちなみに、心理学は日本では文学に属するが、欧米では科学に属するので心理学も科学という前提でいく。

まずはじめに男性にモテる女性の像ってなんだろう。

優しい、美人、気がきく、明るい、清楚、ノリが良い、etc...

こんなところか。

また、料理ができ、家庭的で優しい。

こういった俗に言う「女子力の高い女子」

というのも人気の一つであろう。

世間で「女子力」という言葉が使われているのも、

女子力が高いと人気者になれる要因になりうるからではないだろうか。

それゆえ世の女子は、美容に気を配り、料理の勉強をし、合コンや飲みの席では、

料理を取り分けたりなど常に気を配る努力をする。

いろいろできる万能女子、さらに見た目もよければ完璧でモテモテというわけだ。

だがはっきり言う。

そんなに大変な努力をしなくたって手っ取り早く男性にモテる方法あるよ

あくまでこれは僕の個人的見解ではなく、科学的に証明されていることである。

男性と女性の異性に求めるものの違いを見ていこう。

まず女性という生物は、男性にアベレージを求める

顔がカッコいいだけでは足りず、収入や学歴、職種などなど

そういったあらゆるものを評価して、相手を見る傾向がある。

これは女性は子供を産める回数が限られているために、生物学的にもやはりパートナー選びには、男性より慎重になるからであろう。

一言でまとめると、女性はアベレージが高い男性を好きになる傾向がある。

一方で男性は違う。

男は「一点豪華主義と言われている。

これは、一つ目立つ特徴さえあれば男性は女性を好きになる確率があるということだ。

例えば、

目が大きいから好き、胸が大きいから好き、スタイルがいいから好き、というように何か一つ気を惹く魅力があれば男性は女性を好きになる。(これを世間は変態と呼びますが...)

つまり、男性はクソ単純でアホな生き物ということである。

おそらく男性は女性と違い子供をいくらでも作ることが理論的には可能であるため、単純な恋愛観でも問題ないということなのであろう。

だがここにカラクリがある

女性はアベレージ主義のため、男性もアベレージ主義なのではないかと勘違いして、

女性自身もアベレージを上げる努力をする方向に走りがちということだ。

違う。男は一点豪華主義だ。

つまりタイトルにあるように、いろんな努力をして女子力をあげるより、

胸を盛る方が、圧倒的簡単に男の気を惹くことができる科学的には明白である。

もちろん結婚して長く付き合っていかなければならないなら、女子力というのは必須になるかもしれないが、

「ただ単純にモテたい!男の子にちやほやされたい!」

というのならば、小細工してでも胸を盛る、スタイルが良いのならそれが強調される服を着てみる、また特技や性格などで自分の光る部分があるなら、それを磨きまくった方が慣れないことをやるよりも効率が良いと思う。

って書いているうちにこれ誰の何のために書いているのかわからないことに気づいた...

結論:

男が単純な生き物なのは科学的に明白である。