限りなく院生に近いパリピ@エストニア

エストニアという国で一人ダラダラしてます。

貧乏と恋愛

お金がないのに恋愛はできるのだろうか。

恋愛というのはとてもお金がかかる娯楽だ。

特に男にとっては、デートのたびに多大な出費が重なるし、

記念日や誕生日にはそれなりのプレゼントをしなければならない。

この辺は女性も同じか。

口では、

「お金よりも気持ちが大事!!!!」

とか平和なことをいくら口に出したとしても、やはりお金というのは重要になってくる。

色々考慮していくと、やはり貧乏人には恋愛は難しいのかなぁ。。。

 

 

いやでも、

もともと恋愛というのはお金のかからない娯楽なんじゃないかな。

お金がなくても恋人といれば楽しいみたいな。

 

なんて気持ち悪い話をしたいわけではないのだけれど、

でもお金がなくても楽しむ方法はいくらでもある。

 

もちろん、お金がないカップルでも幸せな人々はたくさんいるだろう。

でも、特に東京に住んでいるとそういう光景を見るのはとても難しいと思う。

都会にいるとどーしてもお金かかっちゃうんだよね、物理的にも精神的にも。

 

時代が変わり、

士農工商ヒエラルキーが変化した現代社会では、やっぱりお金持ってる奴が偉いみたいな風潮があって、

しかも恋愛ドラマや映画の普及で、勝手に理想の恋愛みたいなのが無意識のうちに出来あがっちゃってるんだと思う。

やっぱり大多数の人間は周りと違うのを嫌うから、

それなりに浪費する恋愛が流行ってると、わざわざ貧乏な恋愛をしたいと思う人は少ないでしょう。

 

そうやって

貧乏=恋愛できない

という方程式が出来上がってきているのだと思う。

 

昨今は「若者の恋愛離れ」が叫ばれていて、

その理由を探ってみると、お金がないという理由が常に含まれている。

好景気とは言えない現代でお金に慎重になる若者が増えるのは当たり前だと思うし、

一方で「恋愛はお金がかかる」というイメージが先行して、

理想と現実のギャップがどんどん開いていってしまってるのが問題の一つなのかもしれない。

 

その点、インターネットはお金がほとんどかからないので、

偽装恋愛まで行かなくても、恋愛に変わる何かの役割を担ってくれるインターネットに

若者たちが流れていくことはごくごく自然なんだ。

 

もっとイメージに束縛されてない自由な恋愛だったり、お金のかからないデート環境や方法というものがうまく広がってほしい。

 

レイトマルチリンガル 〜何歳からでも言語は習得できる〜

僕たちはどうやってもネイティブスピーカーには勝てない。

残念ながらこれはしょうがないんすよ。

昔読んだ情報で、リソースがどこだったか忘れてしまっているので、かなり曖昧な話を今から数行に渡ってするが、

幼き頃(7歳以前くらいかな)に他言語を取得した人と、遅くなって他言語を取得した人とでは、脳の構造に明らかな違いが見られる。

というのは、ネイティブの場合は、

ネイティブ言語、例えば日本語と英語だとすると、それらを扱う脳領域が同じなんすよ。

一方で、後から言語を習得すると、日本語がネイティブだとすると、日本語とは別に英語が脳領域が作られる。

そのせいで、使う脳領域をシフトしないといけないとか、やはり二つを扱うのは大変なために、同じ脳領域で補えるネイティブとは流暢度に差が出るわけだ。

ネイティブは同じ脳領域を使っているせいで、例えば帰国子女の場合日本語に難があったりしちゃうんだけどね....

今回スポットを当てたいのは、

「何歳からでも他言語は取得できるよ」

という話。

なんか世間ではさー、グローバル化って言葉ばかり先走って、

小さい頃から英語を習わせないと...

みたいなよく聞くけどさ、

確かにネイティブになるには7歳までに勉強するのがギリギリかな。

でも、それで諦める必要なんて全くなくて

脳領域を作ってしまえばいいだけなので、何歳からでも間に合う。

ネイティブになる理由なんてどこにもないでしょ?

7歳以降に他言語を取得した人を

レイトバイリンガル

イトマルチリンガル

と呼ぶ。

これ僕も初めて聞いた。

この人たちはある能力が高いと言われていて、それは

ネイティブ言語を記憶する脳領域とは別に、

第二言語を記憶する脳領域を開拓する能力。

だから鍛えてしまえばいいんすよ。

で、しかも

この能力は遺伝すると言われている。

つまり自分が今から新しい言語を勉強して取得すれば、

子供も他言語を取得する能力が高くなるということ。

超お得じゃん!!!

30歳以降の英語学習者もバイリンガルになるという研究結果も出ていて、今からあなたが勉強して脳を鍛えればバイリンガルになれる可能性は十分あるよってこと。

 

また、これとは別に第二言語を取得すれば、ネイティブ以外の言語を習得する脳領域が開拓されているから、第三言語、第四言語などさらに他の言語を取得する理解が早くなる。

しかも日本語と違って、英語だったらその他の言語と似てる部分がたくさんあるから、

簡単に感じると思う。

日本語ってかなり特殊な言語だと思う。

その分最初の他言語(大体の人は英語かな)を習得するのは大変だと思うけど、0が1になっちゃえば、後はそんなに大変じゃないはず。

将来の子供のためにも、新しい言語に手を出してみよう!

 

 

大学は必要ないのか。

「大学は必要ない」

という意見はよく耳にする。

特に実業家とかからね。

もっとひどいと

「大学に行く奴はバカだ」

みたいな意見もある。

賛否両論あって評価が難しいところだ。

いやー実際どうなんだろ。

僕は別に行く必要もないと思ってる側だけど、そもそもこんなこと考えても無駄な気がする

まぁ僕は大学院まできちゃってどっぷりアカデミックに肩まで浸かっちゃってるゴミ人間だけど、好きな勉強をしたり楽しむためにきてるようなところだから、無駄には感じてないなぁ。

ただ将来働くということを考えた時、大学というのは大して意味のない世界だと思う。

だから「大学は必要ない!」に一票!!

理由は...

 

 

 

 

だって、授業超つまんなくね?

僕、90分の授業のうち60分はツイッターフェイスブックにいると思う。

世間はこれをゴミと呼ぶ。

先生「授業中にツイッターをやるな!」

生徒「ツイッター中に授業をやるな!!!」

くらい授業に集中してない。(実際こんなことはないよw)

もちろん面白い授業もある。

でも過半数は退屈、そう感じているのは僕だけではないはずだ。

そうなってくると、

「日本の大学生は遊んでばっかじゃん、ゴミじゃん」

みたいな槍が教授や実業家から飛んできそうだ。

いや飛んできてるし、刺さりまくってるし、お前らどんだけバカにしたいんや!

でもどうだろ。

彼らの言う「大学は必要ない」

には大学なんて社会で役に立たないから、大学なんか行かずに起業しろ!

というメッセージが込められていることが多い気がする。

その場合、それは単なる自分の価値観の押し付けにしかなっていない。

もっといえば大学生をバカにして自分は特別な人間なんだぜ!という優越感やエゴに浸りたいだけに見える。それダサくないっすか。

「好きなことをしろ」

と言われたら、

「大学生活は好きなことに含まれないんすか?」

で対応しよう。

別に働く意欲が薄い僕のような人間もたくさんいて、大学行って楽しく過ごしたいなぁというスタンスで大学にきている人間もいるわけで、それが悪い理由なんてないだろう。

「いや親に高い金払わせといて、それはないだろ」

と言いたそうな線路に敷き詰められた石みたいな顔をしている人がちらほら見えるが、

「大学に行くのが普通だから」

「大学に行かないと世間的に...」

みたいな理由でお金がないのに行くなら無駄だと思うが、

お金に余裕があって本人や親に問題がないのなら、

別にダラダラ通っていても問題はなくないか?

本人たちが

「いやー大学、、、なんかつまんないし、無駄だなー」

と感じたらやめればいいじゃん。

大学が無駄かどうかは、大学に入ってみないとわからなければ、

無駄だと感じてもそれで満足なら別にそのままいてもいい。

それに大学に行った方が就職が有利に働くという現実がある以上、

特に若くして起業した人は大学生をバカにする傾向があるが、

「大学は必要ない」で押し通すのは、違う気がする。

起業精神から見れば大学は無駄な場所でも、そうでない人にとっては無駄にはならない場所なのかもしれないのだから。